BTS JIMIN W korea インタビュー和訳
W korea 2023 vol.2 インタビュー和訳です(対話部分のみ/意訳あり)
インタビュー記事原文はこちら
W:遂にカバーアーティストとしてお会いできて嬉しいです。 ディオールのアンバサダーになったこともおめでとうございます。 近いうちにファッションウィークに行かれますね?
J:まず<W KOREA >と久しぶりに再会できて本当に嬉しいですし、また感謝の言葉を先に申し上げます。 世界的ブランドであるディオールのアンバサダーになったことも本当に感謝して意味深く思っています。 ご一緒出来ることになり、ファッションについてたくさん勉強して、またディオールにたくさん寄与できることを願います。 僕はファッションウィークには行ったことがないので、とても緊張しそうで心配です。
W:ご両親にディオールアンバサダーになったと伝えたとき、また去年の上半期にホワイトハウスに行くと伝えたときのリアクションを覚えていますか?
J:両親はいつも幸せそうな表情で「うちの息子は本当に誇らしい」と言います。 僕にとってもBTSという自負心を改めて感じれたきっかけでした。
W:ジミンさんのソロアルバムがいつ発売されるかは ベールに包まれていますが、最近アルバム関連作業をしているでしょう。 調子はどうですか? 悩みが大きい?それとも忙しくてもそう負担はないですか?
J: 大変だとか心境の変化はありません。 ただ、もうすぐ披露する様々なものを準備する時期なので、方向や計画についてかなり悩んでいます。体を忙しく動かすよりは考えが多い時期というか(笑)
W: 2022年上半期には友達のハ·ソンウンさんとドラマ「僕たちのブルース」のサウンドトラック「WithYou」を歌いました。 BTSのファーストチャプターを締めくくる意味の大掛かりなアルバム<Poof>も出ました。下半期から今まで、どのような休みの時間を過ごしたのか知りたいです。 有意義な考えを整理されたのか、「僕はこうだったんだ」と自らをより理解して認めるようになった部分はあるのか。 デビュー後、初めて過ごす趣の時間だったんでしょうね。
J:「今の自分自身」が感じる気持ちに忠実になろうとしました。いつもある瞬間に感じることをすぐに記録しないと消えてしまいそうで、毎瞬間の感情をできるだけ詳しく記録しておこうと思いました。なぜかそうしないといけないような気がしたんです。実はここ数年、BTSも僕も多くの変化を経験しました。そんな時期を頑張って過ごして来た分、現在の感情と考えを記録しておけば、後でもし似たような状況に直面した時、はるかにうまく乗り越えられると思うからです。一言で言えば、僕が最近過ごした時間は、僕が何を感じているのか、以前はどんなことを考えながら幸せだったのか、また辛かったのかを振り返って考える時間でした。
W: ジミンさんを幸せにするものは何ですか? ささやかな話でもいいです。 記録するならば、まず最初の行にARMYが登場するという点は知っています。
J: ARMYと言えばありきたりだと思うかもしれませんが、本当にファンは欠かせません(笑)以前より幸せなことであれ悲しいことであれ、ファンの方々と喜怒哀楽を共にして来たからです。ささやかな幸せといえば、友達と一緒に過ごす時間が僕の唯一の趣味であり余暇活動です。
W: <W>Volume2が発行される前の1月13日、フィーチャリングで参加したテヤンのシングル「VIBE」が出ます。 二人の魅力とスタイルはお互いに違いますが、共通点を見つけました。 まず、ダンスとボーカルの両方をしっかり持つアーティストたちです。 そしてジミンとテヤンのボーカルには繊細な感受性が溶け込んでいます。 ハイトーンの声でありながら高音にも強いですよね。
J:テヤン先輩は僕にとって憧れの存在です。いつかはあの方と音楽を一緒にしたいという目標を持って走ってきたと言っても過言ではないほどです。幼い頃から先輩の活動を見ながら、 多くのことを感じて学びました。 なので一緒にコラボしようと先輩が先に提案してくださった時、嘘だと思いました。今回そばで一緒に作業しながら、僕が思っていたよりもっと素敵で立派な人だということを知りました。 作業中ずっと一つ一つ気遣ってくれる繊細さに感動しました。本当に「歌が上手で、パフォーマンスが上手な歌手になりたい」と改めて思いました。
W:『Proof』のアルバムが出る頃、Weverseマガジンに掲載されたインタビューを見ると、プロデューサーたちと一緒に何かを続けて試してみるつもりだと話していました。音楽作業を通じて何か解消される感じがしますか、ますます考えが多くなりますか?
J: プロデューサーたちに「これはどう?あれはどう?」と聞きながら音楽作業をしてきました。確かに「楽しい」という気持ちを本当にたくさん感じました。 やればやるほど楽しくて、こう感じられるようにメンバーたちが僕に「音楽作業をしてみてほしい」と言ってくれたんだと思いました。但し、昔の感情を基に創作して作業につなげることはまた別の問題でした。それは易しくなくて、楽しいとは言えませんでした(笑)
W: ジミンのソロアルバムの出発点になる 「僕が一番望んでやりたいこと」に対する答えは見つけましたか?
J: 大それた明快な答えを見つけることはできませんでした。ただシンプルに 「今やっていることを長く、もっとうまくやりたい」以外には特にぴったりの表現がないようです。なので一つ一つ僕の過去の感情を振り返って整理しているようです。
W: 追求する理想的なステージについてジミンさんは「見せられるすべての姿を最高値で見せたい」と話したことがあります。音楽とパフォーマンスのコンセプトに合わせて、ワイルドさの最高値、セクシーさの最高値、可愛さの最高値という風に。 最高値と最大値は完璧主義と似ていて、少し違う意味だと思います。 身も心も砕けるほど捧げて努力すれば「最高値」に達することができるでしょうか。
J: 冷静に聞こえるかもしれませんが、結局重要なのは「結果」ではないかと思います。 最大値で努力して出た結果、そしてその結果から出る感動は次元が違うと思います。 その「違う結果」を出すためには、ひたすら一つに焦点を合わせて努力しなければなりません。
W: BTS スペシャルアルバム「BE」のプロジェクトマネージャーを務めたり、ソロ曲を作業してみたことはアルバムに挑戦する前に意味のある経験値になってくれたと思います。 最初の自作曲はサウンドクラウドで公開した「Promise」ですね。 去年の夏、ジェイホープさんにインタビューした時、彼はソロ作業を控えて過去のミックステープをずっと聞きながら考えが整理されたそうです。 ジミンさんの場合はどうですか?
J: 正直に話すと、音楽作業に接することがより難しくなりました(笑)どれ程楽しく魅力的な作業かは分かりましたが、皆が共感でき、心に触れる歌詞を書くのは簡単なことではありませんでした。 改めてメンバーたちが以前に増してすごいと思いました。 僕には「僕もやり遂げたい」という気持ちと「できるかな?」 という恐怖が共存していたようです。
W: ジミンのパフォーマンスについては、特に「美しい」という修飾語が多いです。 「ジミン ビギンズ」の瞬間が気になります。 幼いジミンとダンスの初めての出会い。 ダンスとあなたの間に火花が飛んだ時です。
J: ダンスとの初めての出会いを鮮やかに覚えています。 中学生の頃、教卓の前の机で友達と騒いでいたのですが、教卓の上に「放課後活動」の内容が書かれた家庭通信文が置かれていました。そこに「ブレイクダンス」があったんです。友達と「僕達これ習えば人気になれる。 必ずやろう!」と言いながら、みんなで始めました(笑)
W: その歳の時のパク·ジミンはどんな子でしたか。子供の頃住んでいた町といえば思い浮かぶ場面を話してください。その場面の中のジミンを連想してみたいんです。
J: 僕は幼い頃住んでいた町と学校の近くのすべての場所をはっきりと覚えています。 一番記憶に残るシーンは、学校が終わった後、友達の家に行って遊んでいたこと。明日はこの友達の家、明後日はあの友達の家、こんな風に。僕たちだけで家でラーメンを作って食べたり、走り回っていた時を思い出します。 あの時代に戻りたいとも思います。
W: 私が知っているあるミュージシャンは小学生の時、マイケル·ジャクソンのカセットテープを買って以来、「音楽というのは人をこれほど迄に魅了することができるんだな」と感じたそうです。 童謡と賛美歌程度しか知らなかった子供に新しい世界が開かれたのです。 ジミンさんも今まで、あるアーティストを見て 衝撃に近い感情を感じたことはありますか?
J: マイケル·ジャクソン。僕もあの方の音楽を聞いて衝撃を受けたことが多いです。 生前のマイケル·ジャクソンに会えなかったのが本当に残念です。僕はクリス·ブラウンとアッシャー、そして韓国ではBIGBANGを含む数多くのアイドルの先輩たちのステージを見ながらも衝撃を受けたりしました。
W: コンサート会場なんですが、黒い空に天の川のように埋め尽くした観衆と熱い歓声、色とりどりの照明、パフォーマンスとカタルシス…。その中で激しいコンサートを終えて静かな家に帰ったら、眠る前までの思いや状態はどうですか?
J: コンサートを終えて黒いテントの下に降りてきた瞬間からホテルに戻って眠るまで、耳に歓声がずっと漂っています。そしてステージが終わった後も再び戦慄を感じる瞬間があります。それが必ずしも感動や虚しさという一つの感情で満たされているわけではなく、いろんな感情が重なって押し寄せてきます。 言葉では表現できないほどの感動が押し寄せていながらも、ベッドに一人で横になっている時は空虚になって。実際のところ僕は感動した記憶だけが大きく残っていて、ステージがとても恋しいです。 早くステージに上がりたいし、 特にメンバーたちと一緒にコンサートしたいです。
W: 練習生時代でもデビュー後でも辛くて泣いたことありますか? その頃のジミンに今のジミンが一言だけ声をかけてくれますか。
J: つらいと..バテたと..どうしたらいいかわからないと叫びながら泣いたことが多いですね。その時のジミンに言いたいことは 特にありません。その時代を全部経てここに来ているんです。
W: 自分でも気に入った自分自身の気質は何ですか。ジェイホープさんに同じ質問をした時、彼は「包容力」と答えたそうです。
J: 好奇心?僕は幼い頃から好奇心が本当に旺盛だったと思います。理解できなかったり気になることはとことん調べるタイプでした。だからといって僕がそんなにマメというわけではないんですけどね(笑)無駄なことに好奇心が旺盛だった気もします。
W: 誰かに聞いた温かい言葉、覚えていることはありますか? 誰かが自分を慰めようとしたわけではないのに、温かく感じられる時もあるでしょう。
J: 記憶に残る瞬間が本当に多いです。ファンの方々には僕が一生お返しすることもできない、また「生きている間にこんな言葉が聞けるだろうか?」という美しい言葉をたくさん聞いたし、今も依然と聞いています。つらい時に気づいてあげられず申し訳ないと、抱きしめてくれたマネージャーさんもいます。 一緒に泣いてくれたスタッフ、何も言わずに僕の家で数日間一緒に過ごしてくれた友達、家族…全部覚えています。僕には最も大きな力になりながらも同時に僕がとても申し訳なくなる時があるんです。まさにメンバーたちが「大丈夫だよ」と言ってくれる時です。
W: 2022年の一年、自分に褒めてあげたいことを一つだけ挙げるとしたら?
J: 「今まで本当に彷徨っていたようだ」と言いながら、メンバーたちを訪ねたことがあります。メンバーたちが本当にたくさん慰めてくれたし、ソロアルバムを準備できるように大きな力を与えてくれました。初めてつらいと感じた時にメンバーたちを訪ねて打ち明けた僕を褒めてあげたいです(笑)
W: どんな要因がジミンさんを彷徨わせたのでしょうか? 耐えられないほど大衆に愛されていると感じた?チームが成功を収めた状態でジミン個人としては どう進むべきか要領をつかめなかった?それとも、パンデミックの間、ステージにあまり立たなかったもどかしさが大きかったのでしょうか?
J: それら3つの理由がすべて該当するようです。 実は彷徨う時はその理由がよく分からないまま彷徨ってしまうじゃないですか。時間が少し経ってから、それが彷徨だったんだと気付くのですが、はっきりとした理由を述べるのが難しいのです。 振り返ってみると、その当時は僕が向き合った状況に直面したくなかったような気もします。色々な悩みが少しずつ生まれる状況も中で、それを受け入れずに回避しようとしたのかなと思います。
W: 今ジミンさんに一番必要なものは何だと思いますか?
J: 時間です。20代を整理する時間、30代を受け入れ、今後生きていく方向を模索する時間が必要です。 また、僕のアルバム作業を完成させる時間、友達ともっと遊びながら楽しむ時間など···。もっと時間があればいいですね。
W: 少しの間、自分の未来を想像して描くことはできます。 時間が経てばジミンさんがどんな姿であることを期待しますか?
J: 余裕のある人になりたいです。音楽やパフォーマンスのような仕事の面で余裕を持ちたければ、それらが上手な人にならなければなりません。心の余裕を保つためには、僕の心がそれだけ強くなければならず、もっとしっかりした地盤を作らなければなりません。そうなろうとする誓いを守ることが出来る人になりたいです。
W: 華やかな修飾語とエンターテーメント業界の必須マーケティング、セレブに必要な包装紙… それらをすべて取り払って残る本来のパク·ジミンの核心は何ですか。
J: トレーニングウェア姿で友達と屋台に行って焼酎一杯飲むのが一番好きな突拍子もない子です。
以上
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